こんにちは、6月も終盤に迎えました。6月1日から【台風名から学ぶ国の文化】といったシリーズを掲載してきました。今回は9回目の国の紹介は【フィリピン】です。日本の台風情報をみると、【フィリピン】から発生することが多いな、と思います。発生条件が整っているのでしょうか。
今回紹介する【フィリピン】の台風は他の国とは違い植物名よりも動名詞や形容詞が多いような気がします。それぞれの名づけにどのような逸話があるのか調べていきたいと思います。
前回紹介したのは【タイ】の台風名でしたね。タイは雨をコントロールする神話が揃えられていました。まだ読まれていない方はこちらをご覧ください。


マリクシ(速い)
タガログ語で【速い(敏捷な・すばやい)】を意味する単語そのものを意味します。タガログ語の【マリクシ(Maliksi)】という言葉は、「接頭辞 ma- 」と「語根 liksi 」が結びついてできた言葉であり、【liksi】に「敏捷さ」「活発さ」「素早さ」 という性質そのものを表す名詞が意味しています。また、物理的な移動スピード(直線的な速さ)だけでなく、動作がキビキビしていること、状況への反応が早いこと(スマートさ・器用さ)を含んだニュアンスを持つようです。
フィリピン付近で台風が発生するため、どの程度の速度が調べてみたところ、フィリピン近海(北緯10度〜20度付近の熱帯域)で発生した台風は、進む速度が非常に遅く、時速10kmから15kmとゆっくりと近づくため、【マリクシ】から離れた存在です。
【マリクシ】について考えていたところ、発生し始めの台風はゆっくりと進行していきます。【フィリピン】の人々は「早く過ぎ去ってほしい」といった願いから【マリクシ】を台風名に名づけたのかもしれないですね。
シマロン(野生の牛)
【シマロン】は、スペイン語の 【Cimarrón 】は、もともと「山に逃げて野生化した牛や馬(家畜)」を指す言葉でしたが、「野生の」「飼い慣らされない」という意味の形容詞に変化したそうです。また、現在ではスペインの植民地支配に激しく抵抗し、独立を守り抜いた先住民族や先祖たちを指す誇り高い言葉として使われています。
【シマロン】に類する牛種は【タマラオ】と、野生化した家畜である【シマロン(野生化カラバオ)】の2つに大別することができます。【タマラオ】はフィリピンのミンドロ島にのみ生息し、体高(肩までの高さ)は100cm前後と、「世界最小クラスの水牛」として知られています。
【シマロン】は人間のもとから逃げ出して山奥で完全に野生化した水牛(カラバオ)のことです。フィリピンの農耕牛である【カラバオ(沼沢型水牛)】がベースですが、何世代も野生環境で育ったことで、家畜とは比較にならないほど筋肉質で頑強な体つきをしています。角は非常に長大で、後方へ大きく湾曲しているようです。
このように、【シマロン】は、野生の牛といった意味合いもありますが、フィリピンの原住民が守ってきた誇りといった歴史を振り返ることができる単語でもあります。その力強い意志が台風名となることで、外部からの脅威を退けたいことを伝えたいのかもしれません。
ダナス(経験すること)
【ダナス(Danas)】は、タガログ語で「経験すること(体感する、身をもって味わう)」を語源とする言葉です。
フィリピン監視領域は、フィリピン気象天文庁(PAGASA)が熱帯低気圧や台風を追跡・監視するために設定している公式の気象監視区域のことで、世界気象機関(WMO)の取り決めに従って設定された、およそ220万平方キロメートルにおよぶ北西太平洋の海域のことです。
フィリピンには毎年平均して約20個の熱帯低気圧がフィリピン監視領域(PAR)に進入・発生します。実際にフィリピン国内に上陸・縦断して直接的な被害をもたらすのは年間およそ8個〜9個で、そのうちの約5個は甚大な被害を出す【スーパー台風】による被害があるようです。
このように、フィリピンに在住していると、否が応でも台風への対応が迫られるため、【ダナス】という単語は「また台風が来たな」と原住民にとって想いを込めた台風の名前だと思いました。
ラガサ(動きを速めること)
【ラガサ】は、タガログ語で「動きを速めること」「急速な動き」「猛スピード」を意味する言葉が語源で、ただスピードが速いだけでなく、「急にグッと速度を上げる(急加速する)」、あるいは「ドッと押し寄せる(サージ、突進)」といった、勢いを伴った急激な動きの変化を表す名詞や動詞の語根です。
先程、【マリクシ】で説明したように、台風は時速10kmから15kmとゆっくりと進みます。しかし、上空の強い西風(偏西風)の領域に入ることと、太平洋高気圧の気流に乗ることで一気に時速60kmから80km以上になるようです。
このように【ラガサ】は台風の変化を表現する単語としてイメージがしやすく、フィリピンの人は台風名に名づけたのかもしれません。
ハグピート(むち打つこと)
【ハグピート】は、タガログ語で「むち打つこと(激しく叩く、めった打ちにする)」を意味する言葉が語源で、ただ何かを叩くだけでなく、鞭(むち)や強風などがしなるように、対象を激しく、何度も容赦なく打ち据える様子を表す名詞・動詞です。
【ハグピート】においても、台風の風を連想しやすいため、台風名に選出したのかもしれません。
ナーラ(木の名前)
【ナーラ(Narra)】は、フィリピンの国木(ナショナル・ツリー)として深く愛されている最高級の銘木で、乾季の終わり(2月〜5月頃)になると、非常に香りの良い鮮やかな黄色の花を木一面に咲かせます。満開のあとに花びらが一斉に散り、地面が金色の絨毯のようになる美しい光景は現地でも親しまれています。
【ナーラ】の木は非常に頑丈で、厳しい嵐や不毛な土地でも深く根を張り、力強く成長します。その特徴から、幾多の災害や植民地支配を乗り越えてきた【フィリピン人の不屈の精神(回復力・強靭さ)】の象徴として、1934年に公式な国木となったようです。
頑丈で国木である【ナーラ】は台風で折れても、またはやすことができます。このようにフィリピンの人にとって馴染みのある木として台風名に選ばれたのかもしれません。
ルピート(冷酷な)
【ルピート(Lupit)】は、タガログ語で「冷酷な」「残酷な」「容赦のない」を意味する言葉が語源で、台風などの自然災害が、人々の生活や家屋を「容赦なく、冷酷に打ちのめす様子」を表現する際に使われるようです。
この【ルピート】は【ラガサ】や【ハグピート】と同じように、台風の状況を表現する単語であり、慈悲のない台風被害を見て、名づけがされたのかもしれません。
アムヤオ(山の名前)
ルソン島北部のマウンテン州とイフガオ州の境界にそびえる【アムヤオ山(標高2,702m)】のことで、先住民族イフガオ族(イゴロット族)に伝わる【大洪水伝説】があるようです。簡単に紹介します。
地球上で大干ばつが起こり、すべての川が干からびてしまいました。困り果てた村の長老たちが【川の魂】を探そうと干上がった川底を掘り進めたところ、突然、凄まじい勢いで大泉(水)が湧き出しました。しかし、これに怒った川の神々が激しい嵐を引き起こし、水は一向に引くことなく、地球全体を飲み込む大洪水となりました。
水はどんどんせり上がり、世界中の土地が水没する中、わずかに水面から突き出ていた【アムヤオ山】の山頂と、近くの【カラウィタン山】の山頂に、それぞれ一人ずつだけ生き残った人間がいました。それが、ウィガンという名の兄と、ブガンという名の妹でした。 2人は互いに生き残りがいることを知りませんでしたが、ある夜、妹のブガンが山頂で焚いた「火」の光が、アムヤオ山の山頂にいた兄ウィガンの目に留まります。これによって生き残りがいると確信した兄は、6ヶ月が経ちようやく水が引き始めた頃、アムヤオ山を下りて妹のいる山へと旅立ちました。無事に再会を果たした2人は、肥欲な谷へと下りて新しい家を建てました。その後、【最高神:マクノンガン】の祝福と導きを受け、2人は夫婦となり、現代のイフガオ族(そして世界の人々)の祖先となったそうです。
このように、【アムヤオ】は【ノアの方舟】のような洪水の際に逃げる場所として最適だったのかもしれません。そのため、避難場所を知ってもらうためにも、台風名へと名づけがされたのかな、と思いました。
タラス(鋭さ)
【タラス】の語源は、タガログ語で「鋭さ」や「鋭敏さ」を意味する言葉で刃物の「切れ味が鋭い」ことだけでなく、五感や頭の回転が「鋭い」という意味もあります。
これだけでは、台風が何故【タラス】であるのか結びつきがありません。台風の特性から2つ考えられることがあります。1つ目は、【スーパー台風】に発達すると、中心の「台風の目」が正円に近く、周囲の雲の壁(アイウォール)との境界線が非常に鋭くなるということ、2つ目は台風が北上する際、太平洋高気圧の縁に沿って進路をカクッと鋭い角度で急転換すること、です。
2つ目の急な方向転換をする台風は【迷走台風】と呼ばれていたもので、現在では【複雑な動きをする台風】と呼ばれているようです。
このように【タラス】は、台風の行動について表現した単語を名づけているのだと考えられます。
タリム(鋭い刃先)
【タリム】は、タガログ語で「鋭い刃先」や「刃」を意味する言葉が語源です。先程紹介した形容詞の【タラス】が頭の回転や五感の鋭さなど抽象的な意味にも広く使われるのに対し、【タリム】は「物理的に何かをシャープに切り裂くもの」という、より研ぎ澄まされた刃物のイメージが強くあります。
【タラス】と【タリム】の違いは分かりますが、【タリム】は台風による被害を指しているのではないでしょうか。フィリピンの台風被害の最も残酷な実質被害は、【復興する前に次の台風が来ること】です。1回の被害額が数千万〜数億ドルに及ぶ中、近年は短期間に連続して台風が上陸するケースが増えており、政府の救援物資やインフラ予算が底を突き、被災者が「慢性的で終わりのない貧困(ウェルビーイングの損失)」に陥る原因となるようです。
このように、【タリム】は台風の過ぎ去った後のフィリピンの現状を表現しているのではないかと思いました。
10個の台風名をっ紹介しましたが、フィリピンで選出された台風名には【台風という現象】を表現した名前が多く挙げられているように思えます。その背景にはフィリピンから台風が発生しやすいことも関連しているのかもしれません。さて、10個の台風名を簡単に紹介していきます。
- マリクシ(速い):「敏捷さ」「活発さ」「素早さ」 という性質そのものを表す名詞→【早く過ぎ去ってほしい】という考え
- シマロン(野生の牛):スペインの植民地支配に激しく抵抗し、独立を守り抜いた先住民族や先祖たちを指す誇り高い言葉
- ダナス(経験すること):「経験すること(体感する、身をもって味わう)」を語源とする言葉→【フィリピンでは体験せざるはならない】
- ラガサ(動きを速めること):「急にグッと速度を上げる(急加速する)」、あるいは「ドッと押し寄せる(サージ、突進)」といった、勢いを伴った急激な動きの変化を表す名詞や動詞
- ハグピート(むち打つこと):ただ何かを叩くだけでなく、鞭(むち)や強風などがしなるように、対象を激しく、何度も容赦なく打ち据える様子を表す名詞・動詞
- ナーラ(木の名前):フィリピンの国木(ナショナル・ツリー)として深く愛されている最高級の銘木
- ルピート(冷酷な):台風などの自然災害が、人々の生活や家屋を「容赦なく、冷酷に打ちのめす様子」を表現
- アムヤオ(山の名前):【大洪水伝説】
- タラス(鋭さ):「切れ味が鋭い」ことだけでなく、五感や頭の回転が「鋭い」という意味
- タリム(鋭い刃先):「物理的に何かをシャープに切り裂くもの」
台風の動きについて表現しているのは【マリクシ】【ラガサ】【タラス】の3つであり、台風被害に関係するものは【ダナス】【ハグピート】【ルピート】【タリム】の4つです。残りの【シマロン】【ナーラ】【アムヤオ】の3つにおいても、耐え忍ぶ様子や雨に強かったり、避難場所であったりと台風の脅威に対する教訓として台風名に統一感がありそうな気がします。
ほかの台風名も気になる方は、こちらをお読みくださいね。



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