苦手から好きへの変化を探る

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こんにちは、子どもの頃はとても勉強が苦手でした。今は好きかと聞かれても「苦手ではない」程度の克服です。皆さんはどんな幼少を過ごされましたか。

今回は【昔は嫌いだったもので、今は好きなもの】について話題がありましたので、【好き】について考えていきたく思います。

昔は嫌いだったのに、今は好きなものって何?

食べ物、勉強、人間関係、匂いと様々な苦手と得意があると思います。食べ物では「これ苦手だったけど、食べられるようになったわ」と克服される話はよく聞きます。勉強においても「数学が苦手だったけど、毎日向き合って式の理解ができたら好きになった」という話も聞きますね。それは本当に【好き】なのでしょうか。

私は、上記のエピソードを書きながら色恋沙汰の話と似ているのではと思いました。関心がない相手であっても、会う頻度が多かったり、思わぬ所で共通の話題が弾んだりすると、「相手が好意を寄せているのでは」と錯覚をしてしまうこともあります。要するに【好き】は錯覚することもあるのです。

「ロマンチストではない」と非難の声が上がりそうですが、【好き】と思わせることは現実的に可能なのだと思います。その状態は【全てを掌握していないがある側面だけ好き】というものなのでしょう。食べ物や勉強の話も同じなのです。

勉強の話に戻ります。「問題が解けるようになったから数学が好きになれた」というのは数学のある単元の理解が進んだ解けたのだと思いますが、他の単元でも同様の方法で解けるとは限りません。要は【限定的に(一過性の)好き】という状態で、数学全体が好きと言えなさそうです。

しかし、私たちは別に【完全な好き】を求めている訳ではなさそうで、一側面の・一過性の・部分的な【好き】で充分と満足してしまいます。非常にご都合主義の【好き】でいいそうです。

整理すると【苦手だったけど、好きになったもの】というのは、どういうものなのでしょう。私の解釈では【慣れた】程度の好きと思いました。

【慣れた】という状態は、最初から【好き】であったものよりも深い状態に入り込むことができないですし、一時的に【好き】と同じ側面に触れたとしても、なかなか維持することが難しく、飽きてしまいます。

【苦手】から【慣れ】に変化することはあるのかもしれませんが、【慣れ】は【好き】に変化できないということです。それは【苦手】は【好き】に変化できないということです。

一時的なブームはあると思いますし、その状態を【好き】とはなかなか言い難いです。しかし、一時的な気の迷いから恋に落ち、相手のことを知っていく中で【好き】を理解することがあると説明しましたが、【関心がない】状態からのスタートで、【嫌いな】状態ではないのです。

「人の気をしれないヤツ」と思っていた人と付き合うこともありますが、そのように【認識】していること自体が「他の面では良いところもあるのに」と否定したいゆえの発言であるのかもしれません。人の心も難しいものです。

色々とエピソードを含めながら、話題が行ったり来たりとしていますが、【克服】して【好き】になれる訳ではなく、目障りがない程度のものになるのです。すなわち、【苦手】と反応しなくなったものであり、関心がない状態なのです。

合理的に考えると、元からあった【好き】なものをより、深く幅広く追求していく方が有意義なのかもしれませんね。

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